アーカイブ

movable type




| 音楽 | 映画

Perfumeは初音ミクとして可愛いがられる
perfume(パフューム)、初音ミク

love the world(初回限定盤)(DVD付)
来る7月9日(水)が何の日か、賢明な諸氏ならすでにお分かりのことだろう。Perfume(パフューム)のニューシングル「love the world」の発売日である。パフュームは、広島出身の3人組アイドルユニット。福岡には5月にライヴでやってきた。最近、西鉄天神駅のホームには「pino×Perfume」の大きな広告が。秋には日本武道館ワンマンライヴも決定。大人気なのである。女子3人組という点で、かつてのキャンディーズになぞらえられたりもする。きっとどっかの時代錯誤なおっさんが言い始めたに違いない。パフュームをキャンディーズになぞらえても何もわからないだろう。むしろ、初音ミクなのだ。パフュームを初音ミクになぞらえるとき、そこに今日アクチュアルに求められているものが見えてくる。

続きを読む »

「日本人演奏家」の逆襲
バッハ・コレギウム・ジャパン、J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲(全曲)、アクロス福岡、2008,6,12

日本人によるクラシック演奏団体BCJ(バッハ・コレギウム・ジャパン)の演奏会に行ってきた(2008,6,12@アクロス福岡)。その演奏に透けて見えたのは、とある「逆襲」の計画である。それは、日本のクラシック演奏家をいじめてきた西洋近代の音楽観への「逆襲」だ。西洋近代音楽は、旋律やリズムや和声を不断に発展させる展開の妙にこそ、芸術的意義を見出した。そこで音楽は、記憶の芸術であり、聴き手の記憶の中で、感情のドラマになったり、巨大な構築物としてそびえ立ったりするものだった。そして演奏は、そういうプロセスを適切に表現すべきだった。

だがBCJは、この考え方に反発する。音楽を感情や知性で捉えるのではなく、ひたすら感性の次元で享受すべきものと考える。BCJよれば、音の背後に感情の起伏やら偉大な精神やら聴くなんて、おかしな話だ。音楽はもっと、純粋に音と人間が関わる局面にあるはずだ。そんな局面に、西洋近代音楽の出発点と目されているバッハを還元してしまおう。だってバッハは、いや音楽は、もともとそんな局面での営みのはずなのだから。そのようにして、BCJの逆襲計画は進んでゆくのである。

続きを読む »

日仏文化交流から見えてくるもの
福岡・ボルドー姉妹都市交流 フランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団、指揮:クワメ・ライアン、@アクロス福岡,2008,5,8

ボルドー市と福岡市は姉妹都市であり、その交流事業の一環として今回の演奏会が催されました(アクロス福岡、2008/5/8)。その演奏から見えてくる文化交流とは何だったのでしょう。

プログラム前半は、ラヴェルの組曲『クープランの墓』とモーツァルトのクラリネット協奏曲。そこで指揮者クワメ・ライアンとボルドー管は、「これぞクラシック」とでもいうべき、きわめてオーソドックスな演奏を繰り広げました。適切な配置を与えられた音は重力のくびきから離脱し、その様はあたかもクラゲや雲のようにふんわりと、ゆったり呼吸するかのよう。とりわけモーツァルトでは、多彩なクラリネットの響きにオケが完全に寄り添うように一体化しておりました。まさに天にも昇らんばかり。揺りかごが優しくたゆたうようなあまりの心地よさに、眠ってしまう人が続出でした。それは実に正しい鑑賞態度だったと言えましょう。さすが福岡市民、西洋文化の本質を身体レベルで捉えていたのですね。

続きを読む »

ポストモダンのエッジで踊る
Vidalsasoon CM collaboration video

アムロ VS最近、安室奈美恵のコマーシャルが話題になっています。Vidalsasoon CM collaboration videoというプロジェクトで、スタイリストのパトリシア・フィールド(「セックス・アンド・ザ・シティ」「プラダを着た悪魔」etc)、ヘア・スタイリストのオーランド・ピタ(マドンナetcハリウッドセレブ御用達)とのコラボレーションです。ヴィダル・サスーンのHPでは、CMだけでなく、ミュージックビデオの全体を高画質で見ることができます(こちらをクリック)。60年代、70年代、80年代を表す音楽にそれぞれビデオを付けたもので、全体で三曲構成です。すでに解禁となった最初の二本を見た感想はといえば、ついにここまできなしゃったか、ご立派じゃ、と思わず九州弁になってしまいます。そのくらい自分が田舎者に思えてしまったのです。

続きを読む »

ショスタコーヴィチ、その4番と5番のあいだで

ショスタコーヴィチ:交響曲第4番
ショスタコーヴィチの交響曲に触れるとき、最初に耳にするのは「革 命」という表題のつくことが多い交響曲第5番ではないでしょうか。こ の5番は、1917年のロシア革命を描いたマッチョな革命賛歌とし て深夜に聴くと、私などは血湧き肉躍る興奮を抑えることができませ ん。しかしこの5番の陰で泣いていた交響曲がありました。それは交響曲第4番です。

続きを読む »

『展覧会の絵』を前に、妄想してみる
ウラディミール・フェルツマン ピアノリサイタル 2007/4/20 アクロス福岡

展覧会の絵&子供のアルバム
アクロス福岡では、ここのところ毎週のようにコンサートが催されています。『福岡グランドクラシックス2007』という企画らしく、ちょっとした春の音楽祭といったところでしょうか。先々週(4/13)のD・ギャレットというヴァイオリニストのリサイタルは、ヴァイオリンの音色が終始単調で美しくなく、僕にはいただけませんでした。が、先週のウラディーミル・フェルツマンのピアノ・リサイタル(4/20)は、期待以上に素晴らしいものでした。フェルツマンはあごひげを蓄えた初老の紳士(上画像)。音色の表情が豊かで、荒々しく下品にならない強音もさることながら、とりわけ優しく愛しむように弾く弱音のきれいな、繊細なピアノを弾く人でした。で、何より曲の解釈が変でした。

続きを読む »

「植物の声」を聴く、そのエロティックな構造
「植物文様」デュオ・コンサート、サンレイクかすや多目的ホール、2006/3/2

響きの考古学 増補―音律の世界史からの冒険
先日、「植物の声から生まれた音楽」を聴いてきました。「植物文様」デュオ(ヴァイオリンと笙【しょう】)・コンサートです(サンレイクかすや、3/2、入場無料)。笙といえば、お正月の初詣の際にぷひゃーっと聞こえてくるあれですが、この度の笙はそれとは全く別のものに感じられました。石川高さんという名手による笙は、空間全体にふわーっと拡散してゆくかのような響きで、それは聴いていてこの上なく心地よいものだったのです。とりわけヴァイオリン低音の和音と笙の和音が交互に奏でられた箇所。極めて静かなやりとりだったにもかかわらず、それぞれの響きがたなびきつつ交差する様には、こちらの耳の奥もシンクロしてしまい、頭の芯をぬらぬらと愛撫されるような感覚を覚えました。

続きを読む »

DJ OZMAと紅白歌合戦
NHK紅白歌合戦、2006/12/31

紅白歌合戦でOZMAが裸の着ぐるみを来たダンサーの踊りでひんしゅくを買い、NHKの会長の謝罪(ここをクリック)にまで発展したそうです。家族をテーマにした今回の紅白にふさわしくなかった旨の会長のコメントなど、「おいしすぎ」といえるでしょう。騒ぎが大きくなればなるほどOZMAの思うツボなのに、NHKは彼の舞台装置になることを自ら積極的に選択しているかのようです。今回は彼の完勝といったところでしょうか。ひとまず喝采を送りたいと思います。

続きを読む »

年末行事になっている「第九」に寄せて
ベートーヴェン『交響曲第9番』、九州交響楽団、福岡サンパレス、2006/12/23-24/『敬愛なるベートーヴェン』、KBCシネマ

Copying_Beethoven_Ed_Harris_scene_210.jpg福岡サンパレスで年末恒例のベートーヴェンの交響曲第九番の演奏会(23,24日、福岡サンパレス)。第九作曲中のベートーヴェンと写譜師(楽譜を清書する人)とのハートウォーミングな交流を描いた『敬愛なるベートーヴェン』(右画像)も上映中(KBCシネマ)。(ちなみにこの映画では、第九初演の演奏シーンに10分以上も時間が割かれていて、この奇跡の楽曲の誕生に立ち会った人々がボロボロと涙を流す様が描かれている。感動的な傑作である。)第九に馴染みのない方にはNHKが放送する特集でも(12/27、19:00〜教育)。この時期、日本中(いや日本の特定の領域か・・・)が、「喜びの歌」に満ち溢れるのだ。そんなムードに水を差すお勧めのCDがあるので、その紹介を。

続きを読む »

安室奈美恵、痕を押された身体の自由
namie amuro BEST tour -Live Style 2006-,マリンメッセ福岡, 2006/10/21

CAN’T SLEEP,CAN’T EAT,I’M SICK/人魚(DVD付)
安室奈美恵に対しては、多くのアート系のダンス関係者から「お金儲けのための商業ダンス」、「文化資本の操り人形」、「音楽に支配されきった身体」、「大衆向けのキッチュ」、「あれはそもそもダンスではない」など、さまざまな非難が寄せられてきた。一方に、客の欲望や興行に拘束された「手段としての身体」があり、他方に観客の欲望や道具的なあり方から解放された「自由な身体」がある。そして後者の身体だけが「本物のダンス」を実現できるのだ、という構図は果たしてなお通用するのだろうか、そんな思いを抱かせた安室奈美恵のアリーナ・ステージであった。

続きを読む »

「灰」を拝んでいるのではありません-ハーディングのモーツァルト
ダニエル・ハーディング指揮 マーラーチェンバーオーケストラ、アクロス福岡、2006/10/9

harding.jpgどんなに当たり前のように思えることでも、刺激的な出来事をきっかけとして、それが捉え直され、結果として「初めて」分かったように感じるから不思議です。先日のダニエル・ハーディング(右:画像)指揮マーラー・チェンバー・オーケストラ[MCO](10/9:アクロス福岡)は、モーツァルト(というかクラシック)を独自の観点から読み替えて、その成果を、説得力を持って示してくれました。演奏された曲はモーツァルトの交響曲(39-41番)です。僕は、モーツァルトのようなこてこてのクラシック音楽を、多分初めて、「それがどういうものなのか」納得して聴いたような気がします。

続きを読む »

その音楽祭、プライスレス。
ゆふいん音楽祭 ファイナル・コンサート、湯布院町中央公民館ホール、2006/7/30

ゆふいんゆふいん音楽祭のファイナル・コンサートに行ってきました(7/30:湯布院町中央公民館ホール)。今年で32回目を迎えるこの音楽祭は、室内楽を中心とした日本のトッププレイヤーたちが集い4日間にわたって行われます。わたしが行ったのは最終日でしたが予備席が出るほどの満席、聞いたお話では、前日の演奏会も満席だったそうです。

続きを読む »

Sloughin’ an “excellence”

デュフィ《オーケストラ》ちょうど一週間前に開催された九州交響楽団の定期演奏会に行ってきました(7/18:アクロス福岡)。今回は、井上道義の指揮で、今年生誕100年を迎える旧ソヴィエトの作曲家ショスタコーヴィッチの特集でした。

昨年聴いた別の九響定期や先日の日本の現代音楽特集とはうってかわって、今回の九響は「素晴らしい演奏」を聴かせてくれました。地方のオーケストラであれほどのレベルの音楽が聴けたことは、嬉しい誤算でした。8割以上埋まった会場のお客さんの反応も上々だったように思います。

続きを読む »

再び失われた作曲家

yasiro akio日本の現代曲を特集した演奏会に行ってきました(6/28:アクロス福岡)。年に一度、日本の作曲界の重鎮(故人を含む)の「名曲」を演奏する会が行われているらしく、今年は福岡で開催されたのでした。案外客席が埋まっていたのは、後半に演奏された新実徳英《風神・雷神》のソロ、大和太鼓の林英哲のためだと思われます。パフォーマンスとしては、彼が圧倒的に優れていました。

和太鼓の響きに圧倒されたこの度の催しは、しかし76年に急逝した作曲家矢代秋雄を(再び)葬ったようにも思われました。前半に演奏された矢代秋雄《ピアノ協奏曲》は、西洋芸術音楽として極めて綿密に作られた傑作だと思うのですが、でもそれゆえに、この度の演奏会では、英哲の和太鼓の強烈な響きに太刀打ちできないのです。

続きを読む »

革命のない音楽会

ブンブンライヴ先日ブンブンサテライツというバンドのライブに行きました。ロック音楽についてはよく分からないのですが、会場で感じたことを書きます。

会場はドラムロゴスというライブハウスでした。来ていたのは20代の男女で、世が世なら国会議事堂や大学のバリケードでシュプレヒ・コール(抗議の声)を上げているはずの人たちでした。

続きを読む »

抵抗それ自体に抵抗せよ!

Queen of Hip-Pop日本のヒップホップはアメリカの物真似か?最近、ラッパーの動きやファッションが、あまりにみな似通っているとの思いを強くしていたので、そうした話題を提供する催しに行ってみることにしました。「ヒップホップ、アジア、グローバル文化、反戦の日本語ラップと若者」(九州大学アジア理解講座・6/19:九州大学国際ホール)と題されたそのイベントでは、マサチューセッツ工科大学のイアン・コンドリーさんがキングギドラや般若といった日本のヒップホップを、筑紫女学園大学の一木順さんがアジアのそれを論じていました。

続きを読む »

ブンブンサテライツの「パンク」

onBoom Boom Satellites〈ブンブンサテライツ〉のライヴに行ってきました(6/17:DRUM LOGOS)。ブンブンは、一般にはテクノ(エレクトロニカ)とロックを融合させたアーティストとしてクラブを中心に絶大な支持を受けており、ライヴパフォーマンスにも定評があります。
今回のライヴのメインとなった彼らの新作《On》のテーマはパンクだそうです。もっとも彼らの「パンク」には、セックスピストルズのような反抗的態度は微塵も感じられません。それはブンブンによって別の文脈で捉え返されているのです。

続きを読む »

黄昏のパラス・アテネ

・マ。シ・?先週、ヒラリー・ハーンのヴァイオリン・リサイタルがありました(6/5:アクロス福岡)。ハーンの演奏はとてつもないレヴェルのもので、あれほどのヴァイオリンが聴けたのは、福岡では数年前に(協奏曲のソリストとして登場した)ギドン・クレーメル以来でしょう。それだけに、空席が目立ったのが惜しまれます。ハーンを聴いてしまったあとでは、ほとんどのヴァイオリニストが下手に聴こえてしまうくらいです。

続きを読む »

恋する機械

(先日のドネルモ(6/8)では、ビョークのPVを観ながら、集まった皆さんといろいろと話しました。以下は参加された方によるレビューです。)

All is full of loveビョークの数ある有名な作品のなかでも、もっとも人気のあるミュージック・ヴィデオ作品「All is full of love」(監督クリス・カニンガム/『コンプリート・ヴォリューメン 1993-2003』所収)は、二人のロボットが愛し合うシーンにより構成されています。彼女のヴィデオ作品はアイスランドの自然やむき出しの身体性に依拠したものがほとんどなのですが、このヴィデオは、彼女が否定しようとした文明と機械のモチーフによって、もっとも成功した作品の一つとなっています。

続きを読む »

機械じかけの魔術

チマツ、、ホヒ篆ムサユ一週間前に、現在最も充実しているピアニストの一人、ポーランドのクリスィアン・ツィンマーマンのリサイタルがありました(5/31:アクロス福岡)。客席が五割強しか埋まらない惨憺たる状況でしたが、彼の演奏は、ここ数年福岡で催されたクラシック・コンサートの中でも傑出したものだったと思います。あの日運よくアクロスに集ったお客さんは、類稀な魔術に立ち会うことになったのです。

続きを読む »

「わかるひとにはわかる」-感性共同体の暴力性

ちょうど一週間前に、École du classique(エコール)というレクチャーコンサートのような企画が催されました(5/26:エリザベド音楽大学福岡教室)。一般のレクチャーコンサートのようにアカデミックな知識を説明する形態とは異なり、今回のエコールでは、主人公(今回メインだったスクリャービンのピアノソナタの擬人化)が、クラシックの調和もグルーヴのリズム感も捨て、最後には和音の快楽に身を委ねてしまう、という物語形式で話が進められました。

続きを読む »

サンプリングの哲学

サンプリング久しぶりに度肝を抜かれるPV(プロモーション・ヴィデオ)に出会いました。日本のR&B、Hip-Hopの最高の才能を集結したSUITE CHIC Project による、”WHEN POP HITS THEPIX”(2003. avex trax)がそれです。もはや店頭で品切れで入手困難になっていましたがなんとか手に入れました。

続きを読む »

ドライブでユリイカ

GW。よい天気です。志賀島や海の中道方面へちょっとドライブにでも、という方にお勧めの曲があります。ジム・オルークの《Eureka》です。

続きを読む »

シュトックハウゼン礼賛

シュトックハウゼン
福岡の“art space tetra”にて、リュック・フェラーリ映画祭(4/29-30)が催されました。福岡で見られるとは思っていませんでした。企画されたリズムの方々に感謝です。

私は30日のフェラーリによるリハーサルの模様を収めたドキュメント3本と、あとスタジオマラパルテによるフェラーリについての映画《ある抽象的リアリストの肖像》を見ました。圧倒的だったのはシュトックハウゼンという作曲家を扱ったドキュメントです。

続きを読む »

リュック・フェラーリって誰?

さて肝心のフェラーリに関する映画《ある抽象的リアリスト》なのですが…

続きを読む »

のだめちゃんとカイ君

のだめ
カイ
モーニングに「ピアノの森」という漫画が連載されています。今週は、モデルにしてピアニストのフランス娘がコンクール中にドレスの肩紐が切れてしまうというものでした。

続きを読む »

フェティシズムとピアノ

先日、北九州までピアノの演奏会に行ってきました。チケットをいただいていたのです。

続きを読む »

NHKはこういうのをたまにやる

27de6716.jpgこないだNHK-BS2で深夜、公開処刑が放送されていました

続きを読む »

毎日ショスタコ

今年はモーツァルトイヤーなので、NHK-BSで『毎日モーツァルト』なる番組をやっております。文字通り毎日モーツァルトに関するトピックと音楽を放送する内容なのですが、これが案外マニアックで、一体誰が見ているのだろうと思わせる。さすがNHK、侮れません。

続きを読む »