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演劇 | アート | パフォーマンス

シャッターチャンスを超えていく−ウメカヨ・スーパーシャッターチャンス
梅佳代スーパーシャッターチャンス祭りIN FUKUOKA 2008.6/18~8/24 イムズプラザ(「うめめ」)、三菱地所アルティアム(「男子」、7/26からは「じいちゃんさま」)

うめめ
たとえば、こんな瞬間に出くわしたらどうだろう。駅内のロッカー前で遠出してきたと思しき家族のあたふたする様子が、なんともユーモラスな茶番劇のように見えてしまったり、または若い男と談笑するおばさんのさりげない仕草が、男を前に恥らう乙女のように見えてしまう瞬間。あるいは、鼻にイカのお菓子を付き挿して血眼になって自己主張してくるおバカな少年の姿が、なぜか「カッコよく」見えてしまう瞬間。こうした一瞬のシャッターチャンスをものにしたとすれば、その写真家は、普通「決定的瞬間」を収めたと言われるだろう。しかしこの「決定的瞬間」という言葉は、どうも梅佳代には似合わない気がする。

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「福岡でダンスする身体」への懺悔
踊りに行くぜ!! 福岡公演 出演者選考会+ダンスディスカッション、6/22、あじびホール

「踊りに行くぜ!! 福岡公演 出演者選考会+ダンスディスカッション」に行ってきた(6/22@あじびホール)。今秋開催予定の本公演(10/4@イムズホール)のための選考会である。年を重ねる毎に、福岡の選考会は着実に層が厚くなっている。今回は出場者が11組、選考会は5時間以上に及んだ。参加者も沖縄や岩国など福岡以外からも集ったようだ。選考会場はほぼ満席。恒例となったクリティカルレスポンスプロセス(ダンサーを交えた批評会のようなもの)でも積極的な発言がみられた。福岡のダンス波、いよいよ高し!

ところが選考会を観終えた私は、自己嫌悪に捉われていた。なぜか?どうにも私はこの波に乗れないからである。実際の風潮と私の印象は間逆の関係にあるわけだから、こうなると私に何らかの問題があるとしか思えない。楽しめない私がどこかできっと間違っているに違いない。以下の文章は、私の懺悔録である。

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ミュージアム展示の殿(しんがり)
エミリー・ウングワレー展、国立国際美術館、2008/2/26〜4/13

アボジリニが生んだ天才画家 エミリー・ウングワレー展」に行ってきました。オーストラリアの先住民族アボリジニの画家ということでプリミティヴ・アートかと思いきや、なんとこれがバリバリの抽象表現主義でした。抽象表現主義というのは、20世紀半ばのアメリカを中心に起こった絵画上の芸術運動です。具体的なモノを描かず、線と色彩だけで抽象的な絵画を構成…と書けばどこか格好がよろしいけれども、端的に、絵の具をカンヴァス上にどばーっと塗りたくった絵だと言えましょう。「俺でもできるんじゃ?」「どこがアートなの?」といった疑問を生み出す格好の例であります。

がしかし、抽象表現主義は、西欧近代美術の歴史的展開の先端に位置付けられる偉大な芸術運動だった!そして、その作風が西洋美術と何ら接点のないアボリジニの画家からも生み出されていた!!というのですから、もう、普遍性の夢を生きるモダニストには滂沱必至の展覧会といえましょう。かくいう私も、その精神の営為に、そして展示の優しさに、大いに感銘を受けたがために、ここにレビューする次第です。
エミリーの作品とキャプションは、こちらでご覧になれます。)

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ミュージアム展示の最前線
大阪人権博物館(大阪市浪速区浪速西3−6−36)、総合展示、2008.2.21

リバティおおさか何か珍しいものが展示されていて、人々はその希少価値のゆえにそれを見学にいくという構図が、博物館・美術館にはどうしても付きまといます。しかしながら大阪の浪速区にある「大阪人権博物館リバティおおさか」は、そうした博物館のイメージを一新させる力に満ちています。この博物館は、「人権に関する総合博物館」として、日本社会の歴史と文化に根ざした差別問題を取り扱うことを通じて、人権尊重のメッセージを発信することを目的に設立されました。こう書くと、なにやらいかにも行政的な人権啓発の「きれいごと」をイメージするかもしれません。しかしその展示は、その形式にせよ、内容にせよ、とにかくアバンギャルドでエキサイティングだったのです。

(※掲載画像はリバティおおさか様より御提供いただきました。)

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レクチャーの作法、あるいは楽園追放
《レクチャー》アジアのコンテンポラリーダンス―― いま何が起こっているのか、2月8日(金)19:00〜、あじびホール(福岡アジア美術館)、講師:武藤大祐(ダンス批評家、桜美林大学非常勤講師、Dance Asia) 、ゲスト:水野立子(NPO法人JCDN アーティスティック・ディレクター)

ピチェアジアのコンテンポラリー・ダンスについてレクチャー・イベントが開催されたので行ってきました(2月8日@アジア美術館・あじびホール)。この企画は、今月末に開催される「アジア・コンテンポラリー・ダンス・ナウ!」(2月23日、24日@ぽんプラザホール)のプレ企画です。

アジアのダンスの現在を一挙に観られるこの公演、とりわけピチェ・クランチェン(タイ)に私は惹かれています。彼はタイの古典舞踊「コーン」の語法を知的に分析・解体し、それを振付の素材として再構成しているとのこと。なんとアジアにフォーサイス的思考が!ピチェ流コーン・メソッドに基づく身体が空間と高密度で絡んでいる様は、しっとりとして静謐な、しかし緊張感に満ちた腕の動きからも感じられましょう(出演予定のアーティスト映像を、福岡文化芸術振興財団のHPで見ることができます)。他にも、パプア部族のダンスに由来するステップをヒップ・ポップと融合させたというジェコ・シオンポ(インドネシア)等々、躍動するハイブリッドな身体の様相を存分に楽しむことのできるまたとないチャンスです。みなさま、どうぞお見逃しなく!

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ポストモダンのエッジで踊る
Vidalsasoon CM collaboration video

アムロ VS最近、安室奈美恵のコマーシャルが話題になっています。Vidalsasoon CM collaboration videoというプロジェクトで、スタイリストのパトリシア・フィールド(「セックス・アンド・ザ・シティ」「プラダを着た悪魔」etc)、ヘア・スタイリストのオーランド・ピタ(マドンナetcハリウッドセレブ御用達)とのコラボレーションです。ヴィダル・サスーンのHPでは、CMだけでなく、ミュージックビデオの全体を高画質で見ることができます(こちらをクリック)。60年代、70年代、80年代を表す音楽にそれぞれビデオを付けたもので、全体で三曲構成です。すでに解禁となった最初の二本を見た感想はといえば、ついにここまできなしゃったか、ご立派じゃ、と思わず九州弁になってしまいます。そのくらい自分が田舎者に思えてしまったのです。

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手段たちの、手段としての演劇
集団の声、集団の身体 1920・30年代の日本とドイツにおけるアジプロ演劇、早稲田大学演劇博物館、2007.11.24-2008.1.20

アジプロ

アートは一切の拘束から逃れてその表現のみを自由に追求すべき技術であると述べたのは『判断力批判』のカントであった。そんな「自由な技術」の立場から見れば、政治宣伝の道具としてのアートなど、アートの形容矛盾、嫌悪の対象でしかありえない。にもかかわらずそれは今日、ふたたびあやしい輝きを放って僕らの心を引きつけているようにみえる。それを実感したのが、日本とドイツにおけるアジプロ演劇を回顧する展覧会、「集団の声、集団の身体」(早稲田大学演劇博物館)であった。

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政治に奉仕する芸術の可能性
民衆の鼓動 ― 韓国美術のリアリズム 1945-2005、福岡アジア美術館、2007.12.2-2008.1.22

浴槽
韓国は、日本の植民地支配から独立を勝ち取った1945年以降、軍事独裁政権による抑圧に苦しみ、その支配と影響が緩和されるに至ったのは、ようやく1990年代になってからのことであった。その間、韓国の造形芸術は、いわゆるグローバルスタンダードに即したモダニズム芸術を発展させる一方で、もう一つの底流、かつて支配政権によって「民衆芸術」とさげすまれた芸術の伝統を培っていた。

これまで政治的抑圧ゆえにほとんど外部に知られることのなかったそうした「リアリズム」芸術の作品を日本で初めて本格的に紹介するのが、現在福岡アジア美術館で開催中の「韓国美術のリアリズム1945-2005」展である。

【左画像:洪成潭(ホン・ソンダム) 「浴槽―母さん、故郷の青い海が見えます」 1996年 193x122 ソウル市立美術館】

韓国現代史◆右画像をクリックすると大きくひらきます。
【申鶴(シン・ハクチョル)「韓国現代史―カプトリとカプスニ」 2002年 カンヴァス、油彩 200x1952  韓国国立現代美術館】

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「素朴」な写真家
『Adieu a X』(河出書房新社)、中平卓馬

ADIEU A X〔アデュウ ア エックス〕先日、再出版された中平卓馬の写真集『Adieu a X』(河出書房新社)を見ました。現在、中平は70歳を過ぎようかというおじいちゃんですが彼を題材に扱った『きわめてよいふうけい』(ホンマタカシ、2004)や『カメラになった男 写真家 中平卓馬』(小原真史、2006)などのドキュメンタリー映画も製作され、再評価の動きが高まっている写真家の一人です。

※ドキュメンタリー映画『カメラになった男 写真家 中平卓馬』は、北九州ビエンナーレでも2回上映される予定です(10/7の13:00〜、10/27の16:00〜@JR門司港駅2階)。

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アート・オープン・カフェ通信 vol.1-1(福岡シリーズ第1回:宮川敬一さん)
アート・オープン・カフェ(ART OPEN CAFE)、福岡シリーズ第1回、2007/9/21、イムズ10F会議室

アート・オープン・カフェ(Art Open Cafe:AOCと略)がついに始まりました。福岡シリーズ第1回には多くの方々にご来場いただきました。ありがとうございます。

AOCでは毎回の講座の内容、みなさまからのご意見・ご感想をまとめた「アート・オープン・カフェ通信」をアップしていく予定です。AOCのHP(こちらをクリック)を現在調整中ですので、暫定的にドネルモに掲載いたします。お越しになった方はもちろん、興味をお持ちの方、是非ご覧ください。

■アート・オープン・カフェ通信 vol.1-1■ text:ファシリテータ 古賀徹
アートの後のアート なぜいま北九州ビエンナーレか 2007.9.21.@イムズ10F会議室
ゲスト:宮川敬一さん(アーティスト、北九州国際ビエンナーレ・ディレクター)

福岡第一回目は、AIKの宮川さんをお迎えして、「アートの後のアート」という題名で、おもに北九州国際ビエンナーレを中心にお話を伺いました。お話を振り返りつつ、その背景などについて、古賀なりの見方を述べてゆきたいと思います。

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Royal de Luxe(ロワイヤル・ドゥ・リュクス)とは何者か。
『Royal de Luxe(ロワイヤル・ドゥ・リュクス)とは何者か』、ドネルモ・ミーティング、2007/9/13

Royal de Luxe先日のドネルモ・ミーティング(9/13)では、フランスの大道芸カンパニーRoyal de Luxe(ロワイヤル・ドゥ・リュクス)についてプレゼンが行われました。彼らのパフォーマンスは、高さが4〜12mほどもある巨大操り人形を使い、「巨大な動物か人間が町にやって来て、数日間、そこで絶え間なく生活して見せる」様を街の人々に目撃させることがその主な趣旨になっています。今回はとくに、YouTubeに投稿された映像を通して日本でも一部で話題になった、彼らの巨人シリーズ最新作『スルタンの象』(こちらをクリック)を取り上げました。スルタンの象も巨人シリーズの慣例にならい、巨大な少女や巨大な象に乗った王さまの一行が街を練り歩きます。

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アート・オープン・カフェ ArtOpenCafe 2007 
アート・オープン・カフェ 2007、イムズ、東京ミッドタウン・デザインハブ リエゾンセンター、2007年9月〜2008年1月

AOC HP

来月9月21日から、福岡と東京の2会場にて開催される「アート・オープン・カフェ(Art Open Cafe)」の申込受付が始まりました。「アート・オープン・カフェ」では、福岡にかかわりを持ち、各界の第一線で活躍されているゲストをお招きし、受講者のみなさまと、様々なテーマについてお話します。3回目となる今回は、個性的な文化都市福岡と東京の関係について考えます。ドネルモも、企画段階から参加しています。

講座の日程、申込方法等、詳しくは、公式HP(こちらをクリック)をご参照ください。

オーダーメイドなメディアの行方- physical integrationから考える
『physical integration〜身体とメディアの融合〜』、九州大学大橋キャンパス芸術工学部多次元ホール、2007/7/6-8

今月頭に開催された『Physical integration〜身体とメディアの融合〜』は、これからの福岡のパフォーマンス文化にとって興味深い問題を考えさせるイベントだったと思います。このパフォーマーとメディア・アーティストのためのワークショップ(WS)には、Dance and Media Japan、韓国のデザイン大学sadiなどから講師が呼ばれ、福岡で活動するパフォーマー、それに福岡と韓国のメディアデザイン系の学生らが参加。5つの班に分かれ二日間のWSの後、その成果を約5分の作品として発表しました。

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見ることと見られること
incubation07 片岡健二×渡辺豪、京都芸術センター、2007/7/1-7/31

incubition07京都芸術センターで開催されているincubation07展では、渡辺豪と片岡健二の作品がそれぞれ南北のギャラリーに展示されている。どちらも顔を正面から捉えたポートレート作品ではあるが、渡辺の作品(画像:右)は冷たい印象を与え、片岡の作品(画像:左)は暖かな印象を与える。しかし、そのように異なった印象を与えるこれら二つの作品においてもっとも違っているのは、眼差しとの関わり方においてである。結論から先に言えば、渡辺の作品においては、作品に描かれた人物によって私たちが眼差され、片岡の作品においては私たちが描かれた人物を眼差しているのだ。こうした違いは、両作品に描かれた「顔」を私たちがどのように体験しているのか、その体験の仕方の違いだと言っても良いだろう。(画像はこちらのサイトから)

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落ちるに見入る
『フランス・ビデオアートの先駆者 ロベール・カエン展』、福岡市美術館 企画展示室・小作品室、2007/6/14〜7/16

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福岡市美術館にて展示中のロベール・カエン展
にいってきた。ロベール・カエン(Robert Cahen)は、フランスにおけるビデオ・アートの草分け的 存在であり、今日最も重要視されているビジュアル・アーティストのひとりである。現在展示中の8作品のうち、とりわけ『Tombe(落下/墓)』(1997年)というタイトルの付いた作品が印象的だった(右画像)。これは、ブルーを背景とした縦長のスクリーンに、人形、シャツ、椅子、皿など様々なモノの落下してゆく様が、ひとつひとつ淡々と映し出されてゆくビデオ・インスタレーション作品である。時折気泡らしきものが見られるため、おそらくこれは水槽の中に様々なモノを落とす様子を撮影したものだと思われる。

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メーヴェという翼
『OpenSky2.0』DVD発売記念トークイベント、八谷和彦×やなぎみわ、shin-bi(京都)、2007/6/9

opensky人は道具を発明し、洗練させて、使う。道具とは人にとって、あくまで何かの目的を達成するための手段に過ぎず、いかなる道具であろうと人が「使う側」であり続け、道具は「使われる側」に過ぎない。普段僕たちが想定している人と道具との関係は、おおよそこのようなものでしょう。しかし、先日京都で開かれた八谷和彦さんのトーク・イベントで提示された人と道具との関係は、このようなものではありませんでした。人と道具とが互いに交流しているかのような、相互に依存する関係が示されていたように思います。

八谷和彦さんといえば、九州芸術工科大学の卒業生なので、ご存知の方も多いでしょう。先に挙げたトーク・イベントは、八谷和彦さんが数年前より着手した「個人的に飛行装置を作ってみるプロジェクト」(以下、「飛行装置プロジェクト」)のドキュメンタリーDVD『Open Sky2.0』の販売を記念して、彼の友人の美術作家やなぎみわさんを迎えて行われました。八谷さんの話が面白かっただけではなく、やなぎみわさんの「ツッコミ」も冴え(個人的に一番面白かったのは、宮崎駿監督への「ナウシカみたいな女の子なんていないよ!」というツッコミでした)、とても充実したトーク・イベントだったように思います。

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アート・オープン・カフェ(第3期)「映し合う都市、福岡と東京」 のお知らせ
アート・オープン・カフェ 2007、イムズ、東京ミッドタウン・デザインハブ リエゾンセンター、2007年9月〜2008年1月

AOC HP

アート・オープン・カフェのHP(こちらをクリック)

来月9月21日から、福岡と東京の2会場にて開催される「アート・オープン・カフェ(Art Open Cafe)」の申込受付が始まりました。「アート・オープン・カフェ」では、福岡にかかわりを持ち、各界の第一線で活躍されているゲストをお招きし、受講者のみなさまと、様々なテーマについてお話します。3回目となる今回は、個性的な文化都市福岡と東京の関係について考えます。ドネルモも、企画段階から参加しています。

講座の日程、申込方法等、詳しくは、公式HP(こちらをクリック)をご参照ください。

鳥かごの中の世界
奥村雄樹エキシビジョン、GALLERY SOAP、プロジェクション:北九州-福岡 ビデオアート 07'、4/14-5/6

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先週、PROJECTION北九州―福岡ビデオアート`07というイベントで上映されている映像作家・奥村雄樹さんの新作『Black Bird』を見てきました(北九州、ギャラリーSOAP 4/21−5/6)。他にももう一つの新作や台湾や北九州のシーンが追加された2007年版『Loophole』も同時公開されているので興味のある方はぜひ足を運んでみて下さい。

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パーソナルという切り札
個的な視線・まなざし『プロジェクション:北九州−福岡 ビデオアート’07』、九州日仏学館、2007.4.29-30

映像展PROJECTION企画のメイン・イベントともいえる映画上映会に行ってきました。そこでは、大木裕之さんのいくつかの映像作品と、福岡でおもに80年代に盛んだったという実験映画運動の映像作品が上映されました。作品はどれもそれなりに面白かったのですが、そこで私が気になったのは作品を巡る語り口の方でした。

大木さんの作品については、様々な場所を訪れながら、そこで出会った人たちや風景を撮影し、それを独自に編集することで、自分と世界との関係を捉え直すといった趣旨の解説を主催のキュレーターの人からドネルモで事前に聞いていました。また会場で配られていた京都芸術センターの人の解説によると、「きわめて個人的な視点によって撮影されているがゆえに、大木の作品では、逆説的に普遍性が獲得されている」とのことでした。

しかし私には、正直に言って、それが何を意味するのかほとんど理解できませんでした。たぶんそれは、私が「わからない人」であるせいだとおもわれます。そこでわからない人なりに、そこで感じた疑問を書いてみようと思います。

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シンボルの力
rGbエキシビジョン、旧百三十銀行ギャラリー、PROJECTION 北九州-福岡 ビデオアート 07、2007/4/14-30

rGbrGb(random Gravity box)の二つの作品「untitled」と「tower」を見た(PROJECTION 北九州−福岡ビデオアート‘07、旧百三十銀行ギャラリー、4/30)。どちらの作品も、私たちが普段知らぬ間に影響を受けているシンボル(ブランド)の力を、簡潔かつ絶妙な仕方で表現しているといえるだろう。そしてそれはまた普段ブランドを駆使するデザインに対してもユニークな態度を示しているようにも思われる。

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限りなくプライベートなビデオ・アート
ドネルモ・ミーティング、テーマ『PROJECTION 北九州-福岡 ビデオアート 07』、2007/4/19

projection先週のドネルモ・ミーティング(4/19)は、現在福岡と北九州を会場に開催されている「PROJECTION 北九州-福岡 ビデオアート 07」(4/14-5/6:ドネルモもカタログのテキストetcで協力)を企画運営するin-betweenの方による展覧会についてのプレゼンだった。

1970年代福岡では、低コストで扱いやすい8ミリビデオを使ったアート運動が盛り上がったそうだ。当時は様々な分野のアーティストがこぞって8ミリビデオ作品を制作したらしい。その魅力は映画・テレビなどの巨大資本なしで、個人の作家が動画の編集や表現をできるようになったことだろう。しかしビデオ・アートの新しい可能性を夢見た当時と異なり、現在のビデオ・アート作品を斬新なものと見ることは難しいように思える。というのもビデオというメディア自体が一般にも普及し、簡単に動画の編集が可能となり、そうした個人の編集作品がネット上にも様々な動画投稿サイトで見られるようになったことで、アーティストが撮ったものを特権的にアート作品として上映することに対して、どうしても疑念が生じるからである。つまり「誰でもアーティスト」の様相を呈する今、あえてビデオ・アートの領域を保持することが問題となるのである。

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おしゃれ遺産-近代化遺産写真展
近代化遺産写真展、パークサイドギャラリー(ソラリアターミナルビル1階 / 福岡三越横通路)、2006/12/28-2007/1/15、観賞無料

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パークサイドギャラリーで行われている「近代化遺産写真展」に行ってきました。この展覧会で注目すべきは、個々の作品でも作家たちでもなく、このギャラリーの場所でしょう。パークサイドギャラリーとは、西鉄ターミナルビル1階の三越と警固公園の間の通路にあるギャラリーです。そこでは通路をはさんで片側の壁面に各テナントの看板が、もう片側に作品が並んで展示されています(上図参照)。つまり、展示作品の真向かいには高級ブランド店のぎらぎらした電照看板がずらりと並んでいるわけです。

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正月の若冲
『若冲と江戸絵画』展、九州国立博物館、2007/1/1〜3/11

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元日、僕は、太宰府天満宮へと初詣に向かう大勢の人々の波に揉まれながら、九州国立博物館に行ってきました。僕自身、おととし10月の開館以来、一体何回ぐらい九博に足を運んだのか分かりませんが、晴れ着を着た人々が散見される元日の九博は、普段とはどこか違った雰囲気に包まれていたように思います。特に3階特別展室と4階文化交流展示室の一部で開催されている『若冲と江戸絵画』展(以下『若冲』展、九州国立博物館)は、正月に相応しく、華やかな雰囲気を作り出していました。(右画像:紫陽花双鶏図/伊藤若冲[部分]大きい画像はこちらから/画像は九州国立博物館のHPから)

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手段なのか、目的なのか。
全国アートNPOフォーラム in 別府、2006/11/24-26

art%20NPO.jpgそれが問題だ、と思いました。25日のイヴェントに一日参加したのですが、午前のフォーラム(画像右)からは「寂れた地域を舞台にアート的な活動をしています」ということ以上の情報を得ることはできなかったように思います。プレゼンされたパネリストの方々は、基本的にアートを手段として地域を活性化しようとしているらしい。でも、地域をアートによって活性化するそもそもの理由が曖昧なまま、「地域がこんなに寂れているんですよ、これではいけない、そこでこんなアート活動をしているのですよ」と話が進むものですから、むしろ地域の事情が、アートをするための手段になっているかのような印象を受けてしまいました。それくらい、「なんで地域に《アート》を通じて関わるの?」という、ごくまっとうな問いに対する配慮がなされていなかったように思うのです。そのためにフォーラムの内容も、アートNPO関係者の内輪ネタの次元から抜け出していなかったと思われます。

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町を捉えなおす力-別府鉄輪地区を「アート」に散策
全国アートNPOフォーラム in 別府、2006/11/24-26

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関西弁的なイントネーション(大分弁?)のナビゲーターに誘われ、別府温泉鉄輪(かんなわ)地区に立ち入るものは、非日常の次元を垣間見ることになる。それは、世界を日常とは異なる観点から捉え直すことのできる次元であり、それに接することは、まさにアート的な体験だといえるだろう。11月末に別府で開催されたアートNPOフォーラム(2006/11/24-26)の様々なイヴェントのなかでは、以下に紹介する「町に宿る力」と題された鉄輪地区散策ツアー(25日)が最も充実した時間であった。

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アイロニーと美少女−《ニア・イコール 会田誠》
ドネルモ・ミーティング《ニア・イコール会田誠》、2006/11/9

三十路―会田誠第二作品集
先週のドネルモ・ミーティング(11/9)では、現代美術家会田誠のドキュメンタリー《ニア・イコール 会田誠》を上映し、その後集まった方々といろいろお話しました。話題になったことを、簡単にまとめてみます。

裸の少女がミキサーで掻き回されている《ジューサー・ミキサー》、戦争画のパロディである《紐育空爆 図》や《美しい旗》、他にも中学校の教科書に乗っているという《あぜ道》のような作品から、《巨大フジ隊員VSキングギドラ》《犬》といった美少女とエログロ等々、会田誠はスキャンダラスな題材をしっかりとした技法で描きます(代表作はこのサイトで見ることが出来ます)。まず話題になったのは、会田の作品のもつアイロニカルな側面でした。

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文化財の「本物らしさ」
『海の神々―捧げられた宝物』展、九州国立博物館、2006/10/8−11/26

%95%BD%89%C6%94%5B%8Co.jpg開館一周年を記念して九州国立博物館が企画した『海の神々―捧げられた宝物』展は、海に関わる神様や、海の神様へと捧げられた人々の祈りを、主として社寺に奉納された宝物を用いて伝えてくれます。海中をイメージした青色のカーテンで仕切られた会場に展示されている工芸品や絵画作品の壮麗さは勿論のこと、その設置以降初めて寺院の外に出された東明寺興福寺の《媽祖像》や漂流物として流れ着いた《木仏》等、陳列されている文化財の多様性において充実している展覧会です。
(右:《平家納経》:画像は九州国立博物館のHPから)

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不可視のイマージュ
「アンパンマンとやなせたかし」展、福岡三越9階三越ギャラリー、2006/8/12‐20

ドキンちゃん「侵犯は、禁止に対する否定ではなく、禁止を乗り越え、禁止を補って完成させる」(バタイユ)

アンパンマンを見たことのある方なら、「ドキンちゃん」とは一体何であるのか、そもそもバイキンなのかどうなのか、疑問を持たれるだろう。三越で開催されている《アンパンマンとやなせたかし》展(福岡三越9階「三越ギャラリー」:〜8/20)は、この問題を考察するに相応しい刺激的な展覧会であった。小さな子供向けと思うなかれ、親御さんのみならず、若い男女も熱心に作品に見入り、活発な議論が飛び交う充実した催しである。

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女性が描く美人画
台湾の女性日本画家・生誕100年記念─陳進展―、福岡アジア美術館、2006/7/20‐9/10

陳進展日本画の技術を以ってして、「台湾の美人画」を描いた女性画家・陳進の展覧会が福岡アジア美術館にて開催されています(〜9/10)。日本統治時代に裕福な家庭で育った陳進は東京女子美術学校に留学し、卒業後は美人画の大家である鏑木清方や伊東深水に学びました。この時点で陳進の宿命ともいえる「女性が描く美人画」と「日本が求める理想的な台湾美人画」という二大要素が生じたわけです。

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懐かしい記憶
「村田朋泰展 俺の路・東京モンタージュ」展、三菱アルティアム、2006/7/15‐8/21

murata tomoyasu最近、三菱地所アルティアムにおいて開かれた展覧会は、すべて、「記憶」と関わっていると言うことが出来るのかもしれない。5月の「ヤン・シュヴァンクマイエル展 造形と映像の魔術師」は、コラージュという方法によって我々の「記憶」を揺さぶり、6月の「ボックス・アート ―タミヤ編― プラモデルパッケージと戦後の日本文化」は、子供の頃プラモデルに感じた懐かしい感覚を思い起こさせた。そして、7月15日から開催されている「村田朋泰展 俺の路・東京モンタージュ」展(〜8/21)のノスタルジックな世界。しかし、村田朋泰の作品にノスタルジーを感じるのはなぜだろうか。

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恋する機械

(先日のドネルモ(6/8)では、ビョークのPVを観ながら、集まった皆さんといろいろと話しました。以下は参加された方によるレビューです。)

All is full of loveビョークの数ある有名な作品のなかでも、もっとも人気のあるミュージック・ヴィデオ作品「All is full of love」(監督クリス・カニンガム/『コンプリート・ヴォリューメン 1993-2003』所収)は、二人のロボットが愛し合うシーンにより構成されています。彼女のヴィデオ作品はアイスランドの自然やむき出しの身体性に依拠したものがほとんどなのですが、このヴィデオは、彼女が否定しようとした文明と機械のモチーフによって、もっとも成功した作品の一つとなっています。

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ヤン・シュヴァンクマイエルの「時代錯誤」

快楽共犯者先日、三菱地所アルティアムで開催中のヤン・シュヴァンクマイエル展(〜6/4)を見てきました。シュヴァンクマイエルという長い名前のチェコ人は、特にティーンエイジャーたちに人気のある映像作家/画家で、僕が見に行ったときも、普段ギャラリーに足を運ぶことのなさそうなゴスロリの格好をした女の子たちが熱心に作品を見ていました。

今回の展覧会は、ヤンの作品と、昨年亡くなった彼の奥さんエヴァの作品を、100点ほど集めたものです。商業施設のギャラリーという決して恵まれたスペースを持たないアルティアムの中に、ところ狭しと並べられた不思議な絵画作品は、映像作品から流れる単調な音楽とともに、さながら御伽噺の中の世界に迷い込んだような空間を形作っていました。ゴスロリの格好をした女の子たちも、シュヴァンクマイエルの作品が与えるそうした感覚を楽しんでいたと思います。

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