なんと破廉恥な!けしからん!と、学校のPTAなら怒り出すかも。ポール・トーマス・アンダーソン(通称PTA)監督の新作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の話である(〜6/13まで@シネテリエ天神)。もっと早くに観ておけばよかった。ロングランだったというから、福岡市民の多くも、この映画に破廉恥な妄想を抱いたに違いない。さすがは『ブギー・ナイツ』でポルノ業界をテーマにしたPTAだ。緻密な群像劇『マグノリア』、キュートなラブコメ『パンチ・ドランク・ラブ』に続くPTAの新作は、強烈な意志で石油を採掘するアメリカのオヤジ一代記だった。それは、母なる大地に掘削機をおったてて、飽くことなくピストン運動を続けるマザー・ファッカーの物語であった。つまりそれは、上から下へと何かが落ちたり、また下から上へと何かが吹き上げたりする、そんな上下運動に満ちたアメリカン・ポルノだったのである。
映画は、大地につるはしを打ち下ろすオヤジの描写からはじまる。オヤジは穴を掘る。穴に落ちる。そこで金の鉱石を発見する。それを元手に、今度は石油を掘る。大地に掘削機をずんずん打ち下ろす。すると地中から、石油がどくどく噴出してくる。石油まみれの手で、オヤジは傍らの赤ん坊を抱く。そんなシーンから、「石油=富」こそ力にして正義と信じるオヤジのキャラが、過不足なく描かれる。台詞はほとんどない。映像と音楽(担当はレディオ・ヘッドのジョニー・グリーンウッド)が雄弁に語る。映画はやはりこうでなくては。
掘削機はいよいよ巨大になる。広大な台地に聳え立つ、猛々しい掘削機。それが、大地の奥底へ鉄のピンを挿入する。挿入開始を祝福するのはブラームスの音楽だ。こんな破廉恥な挿入現場をまじまじと眺めるのは、まだ幼いオヤジの息子である。鉄の挿入を受けて、まもなく大地は、歓喜にぶるぶると震え、大量の石油を吹き上げることだろう。子供がこんなの見てたらトラウマになっちゃうぞ、と思っていたら、果たして息子は、勢いよく噴出するガスに直面し、ショックのあまり聴覚を失ってしまう。油井大炎上。だがオヤジはひるまない。高々と燃えがある炎を、どこかうっとりと眺めている。そのオヤジの表情が恍惚としているのも無理はない。この美しき火柱は、母なる大地と愛し合った証しなのだ。ハイライトの一つであるこの油井炎上シーンは、実に官能的に映える。
もっとも、こんな呪われしマザー・ファッカーを神がお許しになるはずはない。そのために映画は、土地の牧師とオヤジの対立をドラマの主軸とする。オヤジにとって、神は胡散臭いことこの上ない。富なしにはやっていけないくせに富を軽蔑する。息子の聴覚を回復させる奇跡も起こしはしない。そのくせ、まやかしを用いて土地の人々の心をたぶらかし、支配している。信徒を攻略するには、オヤジもまた信徒にならなければならない。つまり、神の前に跪き、「富を求める私は愚かな存在だ!」と叫ばなくてはならない。ビジネス上の戦略のために、オヤジは神に魂を売り渡すのだ。
オヤジのプライドはズタズタだ。だがオヤジはへこたれない。「俺をなめるなよ!」 神なんて、フルボッコにしてやるぞ! なんとまあ、幼児的で利己的な憤怒であろうか。それだけに、この憤りが炸裂するラスト・シーンは、極めて暴力的で、実に清々しい。親しげに訪問してきた牧師に、オヤジはいきなりブチ切れる。涎をたらしながら、オヤジは、神の代理人を気取る牧師を言葉で陵辱する。命乞いする牧師を愉悦の表情で煽り立てる。ついには、大地にツルハシを打ち下ろすように、牧師の頭にボーリングのピンを打ち下ろす。すると、この神殺し完了を祝うかのごとく、再びブラームスが鳴り響く。
父なる神を殺し、母なる大地をモノにする。そんなオヤジの行動原理は「富こそ正義」だ。だが富への信仰は、疑心暗鬼と表裏一体である。息子が独立を願った瞬間、オヤジは彼を商売敵と見なして、ファミリーから追放しなければならない。富を至上とする以上、ビジネスとしての人間関係に己をさらさなければならない。その反動として、絶対的に信頼できる血の繋がりを渇望することになるが、しかし渇望すればするほど、際限なき疑心暗鬼に苛まれなければならない。そんな行動原理に我が身を貫かれつつ、孤独に大地とファックするポルノ・スター。このモンスター的なキャラクターこそ、アメリカ史を突き動かしてきた原動力のひとつだったのだろう。その意味で、このPTAのアメリカン・ポルノは、アメリカ原史の寓話でもあるとも言えそうだ。(Ed Hardy)



コメント (3)
いつもありがとうございます。Edさんのレビュー、簡潔に映画の魅力を伝えているように思え、ありがたかったです。しかし、ひとつ書き洩らしているように思えたのは、『土地の牧師』の胡散臭さについてです。慢心するオヤジのみならず、薄笑いを浮かべる牧師にも、私は、アメリカ原史を見てしまいました。春雄
春雄 | 2008年06月22日 23:26
2008年06月22日 23:26
>春雄様
訂正いたしました。
管理人 | 2008年06月22日 23:34
2008年06月22日 23:34
こちらこそコメントありがとうございます。
たしかに、今回はオヤジに焦点を定めたために、牧師についてはあまり触れませんでした。しかし、春雄さんの指摘されるように、牧師は胡散臭く、何よりキモかったですね。
牧師のポイントは、あのショー仕立ての悪魔祓いの儀式にあるかと思います。悪魔祓いの儀式は大袈裟に、いかにも「ショー」として催され、土地の人々はそのショーに心を奪われ、彼の第三啓示教会の信者となってゆく。それがショーにすぎないことを見抜いていたのが、あのオヤジだった、というのも、同じ商売人としてのセンスからでしょう。そう考えると、オヤジと牧師は、同じビジネス的なキャラクターのポジとネガという感じもしますね。
Ed Hardy | 2008年06月25日 15:49
2008年06月25日 15:49