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美しく勝利せよ
EURO2008,サッカー欧州選手権,6/7〜29,オーストリア・スイス

いよいよ四年に一度の祭典が始まりますね。といっても北京オリンピックのことではありません。EURO2008、サッカー欧州選手権(6/7〜29 オーストリア・スイス)です。この大会は一部ではワールドカップよりも面白いと言われたりします。というのも、出場国の実力が拮抗している上にそれぞれの国の伝統的なスタイルが真っ向から対決するからです。地上波(TBS系)でも放映されます。そこでEURO2008を楽しく観戦するために、近年の欧州サッカーの傾向に触れつつ、「美しいサッカー」という摩訶不思議な言葉について書いてみようと思います。

近年の欧州サッカーの傾向を一言で表すならば、徹底した「合理化」だといえます。常に相手やその時々の状況に合わせて戦術を変化させ、臨機応変に戦い方を使い分けていきます。例えば相手チ−ムがボールのポゼッションを重視するチームならば、それに対抗するような陣形に変更するのです。要は相手の長所をいかに消すか、勝つためにいかに無駄な要素をなくすかが問題になるわけです。そのため、試合の流れによって目まぐるしく戦い方が変わるので、駆け引きが勝敗の鍵を握ることになります。つまり「勝つこと」にシビアになるのです。ただプロスポーツなのだから「そんなことは当たり前だろう」と誰もが考えるでしょう。しかし、サッカーというスポーツはちょっと変わっていて、単に勝つだけでは許されないことがあるのです。

というのも、サッカーにおいてはしばしば「美しいサッカー」という美的要素が求められるからです。定義するのは難しいですが「美しいサッカー」とは、ボールや人がよく動き、見るものを魅了するようなパスワークや個人技で相手の守備陣を完全に崩して、ゴールを上げるスタイルといえます。しかもその「美しいサッカー」はそれ自体に価値があるがゆえに、対戦相手によってコロコロ変わるものではありません。ただ勝つだけではダメなのです。逆に「単なる勝利」は蔑みの対象になったりします。そのため、中盤での組み立てを無視し徹底してロングボール相手のゴール前に蹴り込んだり、自陣で引きこもって守りを固めるスタイルは、時に批判の対象になります。そういうわけで、数年ぶりにチームを優勝に導いた監督であっても、彼の指揮したサッカーが「美しくない」「つまらない」となれば、それを理由にその監督は解任されたりするのです。他のスポーツではとても考えられないのではないでしょうか。

ただしこうした「美しいサッカー」は、徹底した「合理化」がなされたチームを前にすると総じて負けてしまいます。「美しいサッカー」を行いながら勝利するためには相手を完全に圧倒しなければなりません。しかし、そのサッカーの「美しい」スタイルは予め知られているので、相手には容易く対策を立てられてしまいます。よって実力が拮抗した相手に勝つためには、どうしても相手に合わせた戦い方が求められます。勝つためには、どうしても「合理化」せざるをえないはずなのです。

けれども昨シーズン、イングランドの「アーセナル」というチームがこうした「合理化」の流れに反発するようなサッカーをして周囲を驚かせました。彼らのサッカーは人とボールが目まぐるしく動き、個人やタレントではなく集団で組織的に守備陣を崩すというスタイルです。しかも敵の長所を消すことはせず、また点差や状況がいかに変わろうとも、自らのスタイルをやりとおすのです。つまり、相手に合わせることなく、自身の特長を十全に発揮する以外の駆け引きを一切行わない戦い方だといえます。明らかに現代の流れに逆行しているのです。

結局、昨シーズン「アーセナル」は無冠に終わりました。ただ、その「美しいサッカー」は世界中から賛美されました。やはりサッカーファンは「勝利」だけではない要素を求めているのです。EURO2008ではどういったサッカーが見れるのでしょうか。楽しみです。(flamini)

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コメント (3)

runter:

 ただ試合に勝つだけでなく、試合運びやゲームの組み立てそのものが評価の重要な対象になるという点では、相撲にも似たところがあるように思います。

 相撲でも、好勝負が期待される試合に立ち会いの変化であっけなく勝ってしまったりすると、勝ってもまったく評価されません。逆に自分が得意とする攻めの形を存分に発揮した上でなら、たとえ負けても拍手が送られます。もちろん勝たなければ上位にいくことはできませんが、勝敗にかかわらず自分の相撲の形を存分に発揮しているような試合は、それだけでも十分楽しめます。

 スポーツを見る側としては、こうした試合自体の作り、faraminiさんのいうところの美しさを感じ取ることが、実は一番の醍醐味かもしれません。

野球はどうでしょう:

野球はやっぱり勝ち負けが大きいかな。「美しい試合」、といったものはあまり聞きませんしね。強いていえば1対0の完封試合とか、九回逆転サヨナラとか。しかしそれは勝った方の話で、負けた方はいかに試合が「美し」かろうと、それが美しければ美しいほどダメージが大きく、あまり賞賛する気になれないような気がします。それでもやはり気力が充実し実力が激突する日本シリーズには美しい試合が多いような気がします。球史に残る名勝負、といったところでしょうか。スポーツ万歳。

flamini:

runterさん、コメントありがとうございます。私もこの記事を書きながら他に勝敗とは関係ない次元で「美しい」と形容される競技はないだろうかと考えて相撲を思い浮かべてしました。以前、朝青龍が横綱に相応しくない技を繰り出して勝ったことを批判されていましたね。横綱にはかくあるべき相撲の理想的勝ち方が求められているようです。

また柔道も一本での勝利に「美しさ」が見出されている競技ではないでしょうか。というのも、日本人選手は勝利と一本勝ちを区別しているからです。ただし、その傾向は海外では変化しているようです。それは柔道が国際化し、特にヨーロッパでは一本勝ちに過剰にこだわるのではなくポイントを稼ぎ、相手の長所を消して、勝負に徹する合理化が図られているようなのです。そうなると視聴者は競技に対する見方そのものを変えなければなりませんね。大変です。

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