「アボジリニが生んだ天才画家 エミリー・ウングワレー展」に行ってきました。オーストラリアの先住民族アボリジニの画家ということでプリミティヴ・アートかと思いきや、なんとこれがバリバリの抽象表現主義でした。抽象表現主義というのは、20世紀半ばのアメリカを中心に起こった絵画上の芸術運動です。具体的なモノを描かず、線と色彩だけで抽象的な絵画を構成…と書けばどこか格好がよろしいけれども、端的に、絵の具をカンヴァス上にどばーっと塗りたくった絵だと言えましょう。「俺でもできるんじゃ?」「どこがアートなの?」といった疑問を生み出す格好の例であります。
がしかし、抽象表現主義は、西欧近代美術の歴史的展開の先端に位置付けられる偉大な芸術運動だった!そして、その作風が西洋美術と何ら接点のないアボリジニの画家からも生み出されていた!!というのですから、もう、普遍性の夢を生きるモダニストには滂沱必至の展覧会といえましょう。かくいう私も、その精神の営為に、そして展示の優しさに、大いに感銘を受けたがために、ここにレビューする次第です。
(エミリーの作品とキャプションは、こちらでご覧になれます。)
個人的に印象深かったのは、「点描」というセクションに展示されていた、無数のドット(点)でカンヴァスを埋め尽くした作品群です。点描というとスーラ、ドットといえば草間彌生を想像されるかもしれません。が、エミリーの絵から私が連想したのは、クリムトの風景画でした。ほの暗く、決して華美ではないのに、しかしカラフルとしか言いようのない色彩の氾濫。「私の大地は、こんなにも色に満ちている!」と主張しているかのようで、実にきれいだった。また「ヤムイモ」というセクションでは、ヤムイモをモチーフとする骨太な線が、何の迷いもなくカンヴァスに敷きつめられています。エミリーの目に映る大地には、生命力豊かなヤムイモがぐびぐびとその茎を伸ばしているのでしょう。そんな具体的な事象をモチーフとしながら、巨大なカンヴァスには朴訥な線だけがめきめきと描かれているわけで、したがってその作品は見事に抽象表現となっているのでした。
キャプションには「カーメ(ヤムイモの種)、それが私です」という作家エミリーの言葉が紹介され、「彼女は完全に全体と融合している」という批評家の言葉も紹介されていました。自然と人間。西洋的な見地からは断絶されたはずの両者の関係が、アボリジニのエミリーのなかで幸福な融和を果たしていた、というところでしょう。そしてその表現が、どういうわけか抽象表現主義と酷似していたのだから、エミリーの絵画の近代性は「奇跡的にさえ思われる」(国際美術館館長による見どころ解説)わけです。西欧アート界から遠く隔たったオーストラリアの砂漠に、自然と寄り添うようにして描いた天才がいた。「ユートピア」と呼ばれる地区で生涯を送ったその天才は、地域も時代も思想も異なる抽象表現主義の画家と同じ仕方で描いていた。…なんて、なんとまあ、ロマンティックな話ではありませんか。
もっとも、そんなアート界の眼差しを訝しく思われる方もいらっしゃるでしょう。環境問題がいよいよやばくなった現代に「自然と人の融和」なんて現実逃避も甚だしい。そもそも西欧に都合の良いイメージを西欧以外の表現に見出す(欲望する)こと自体、大問題だと指摘されて久しい(オリエンタリズムetc)。「アボリジニという民族の独自性や固有性に焦点を当てなければ!」というカルチュラル・スタディーズな人、「何でも西欧の物差しに回収するな!」と憤る正義な人もいるかもしれない。20世紀後半、アートな眼差しは真理や正義の園から追放され、いろいろと批判されてきたのです。
しかしそんな疑問や抗議を、この展覧会はハニカミながら、やんわりとかわしてしまうでしょう。今回の展示は、エミリーをモダニズムの文脈に露骨に回収、なんて野暮なことはしません。興味深いのはキャプションです。例えばエミリーの色彩感は「20世紀の色彩主義者の作品と関連する光学の理論とは無縁であり」、エミリー自身のテーマに基づく「独自のヴィジョンにほかならない」という。しかしその一方で、アボリジニの身体装飾に「新たな表現を吹き込むことで」エミリーは「現代と過去の美術、地域性と国際性の境界を超えていった」ともいう。やんわりとエミリーをモダニズムと関連させつつ、エミリー最晩年の作風を「新たな前衛的スタイルの始まりだった」と、進歩史観的なオチで強気にまとめていたりもする。30年くらい前なら大々的に喧伝されたであろう、奇跡的なエミリーの天才は、現代ではそうやって慎み深く控えめに祝福されるのです。
恐らくこの展覧会は、自らの眼差しの西洋中心主義を当然のように自覚しているのでしょう。エミリーのうちに、自然と融和する才能(天才)を夢みているに過ぎないことを知っている。そんな眼差しの功罪を踏まえながらも、しかしそれをやめないでいる。開き直っている感さえある。そうやって、偉大な天才の発見を素直に喜ぶことのできない現代のモダニストに、「ロマンティックあげるよ」とホントの勇気を見せてくれている。その屈折した優しさに、ミュージアム展示の殿(しんがり:軍事用語で最後尾のこと)を見るような思いがするのです。
大阪を訪れる機会があれば、先に紹介された大阪人権博物館のアヴァンギャルドな厳しさと、セットでどうぞ。(d-ball)



コメント (1)
エミリー・ウングワレー展は、大阪(国立国際美術館)で4月までやった後、5月からは東京(国立新美術館)でやるようですね。
以下のサイトが、エミリー・ウングワレー展のwebサイトのようです。
→http://www.emily2008.jp/
d-ball | 2008年03月19日 19:31
2008年03月19日 19:31