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アート・オープン・カフェ通信 vol.1-2(東京シリーズ第1回:JUNYA TASHIROさん)
アート・オープン・カフェ(ART OPEN CAFE) 東京シリーズ第1回 、2007.9.28(金)、東京ミッドタウン デザインハブ リエゾンセンター

先週からアート・オープン・カフェの東京シリーズも始まりました。東京シリーズと福岡シリーズは、それぞれ各回が共通のテーマを持っています。1回目の共通テーマは「ローカルとグローバルの交錯」。さて、東京ではどんな話が聞けたのでしょうか。通信Vol.1-2です。同時開催されたJUNYA TASHIRO作品展示交流会「LA LUCE」のレポも掲載しております。併せてご覧下さいませ。

■アート・オープン・カフェ通信 Vol.1-2■ text:ファシリテータ 古賀徹/山内泰
福岡と東京コレクション 2007.9.28@東京ミッドタウン デザインハブ リエゾンセンター
ゲスト:JUNYA TASHIROさん(ファッションデザイナー、福岡市在住)

東京第1回目は、ファッションデザイナーのJUNYA TASHIROさんをお迎えし、「福岡と東京コレクション」というテーマでお話していただきました。お話を振り返りつつ、TASHIROさんのファッションやデザインへのスタンス、福岡と東京の関係について、ファシリテータなりにまとめてみたいと思います。

■「残ってゆくもの」の魅力
「ファッション・デザイナー」と聞いて 、みなさんどんなイメージをお持ちでしょうか。お城のような所に住んでいて、インスピレーションが沸くとさらっと絵を描いて、それが流行を生み出す・・・というアーティスト的なイメージをお持ちの方も多いのでは?他でもない、TASHIROさんもまた、この仕事に就く前にはデザイナーとはそのようなものと思っていたそうです。そんなTASHIROさんが、トークの前半では、ファッション・デザイナーという仕事について話されました。

ファッション・デザイナーに転身する前、TASHIROさんは佐賀県のガス会社の営業をしていたそうです。ですが日々を消耗し、何も残らないかのように思えたサラリーマン生活の中で、何か「残ってゆくもの」を作りたいと強く思うようになったといいます。以前から古いものへの強い愛着を持ち、古い机やインテリアetc時間の経過に耐えてきた事物の表情に魅力を感じていたTASHIROさんにとって、「今」を消耗するだけに思われたサラリーマン生活には魅力がなかったのでしょう。

■サラリーマンから表現の世界へ
転身を決意してからというもの、日中ガス会社の営業を続けながら、夜は転身の資金をためるアルバイト、その後にファッションに関する勉強を続け、睡眠時間が1時間ほどの緊張した毎日を過ごしたそうです。

仕事を辞めるにあたり、TASHIROさんは自らの持ち物を全て売り払い、不退転の決意で福岡に出てきたといいます。福岡の服飾専門学校に通い始めたものの、実際に登校することは少なく、ほぼ独学でデザイン技術を習得したそうです。

洋服のパターン(型)を実際の洋服に起こす立体裁断は、ファッションデザイナーにとって中核となる技術です。その技術をTASHIROさんは、一人で自分の部屋に引きこもって、自分で作成したパターンを実際に服に起こし、それをパターンにフィードバックするというしかたで、ほぼ独力で身に付けてゆきました。その数は300着以上に上りました。実際の試行錯誤こそ、デザイン技術を身につける一番の近道だったのかもしれません。

TASHIROさんはサラリーマンから転身するにあたって、なぜファッションデザインを選んだのでしょうか。それは、プロダクトデザインのようなデザインが単体の事物のデザインに主眼をおくのに対して、ファッションは洋服だけでなく、装飾品、靴、鞄、ヘアメイクなど、さまざまな隣接分野との関連性が高く、その結果、ひとつの世界観を表現するのに適していると考えたからだそうです。そしてレディースファッションをおもに手がけたのは、定型的な傾向が強いメンズ・ファッションよりも、より自由で多様な表現が可能だと考えたからでした。

■モードというもの
もっとも、ファッション業界と聞いて「あれ?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。というのも、「残ってゆくもの」を作りたいというTASHIROさんの思いと、今あるモノを陳腐化し消費していく流行(モード)はなじまないように感じられるからです。TASHIROさんは、そのあたりをどのように捉えているのでしょうか?

TASHIROさんは、ファッション・デザイナーを志すにあたり、多くのデザイナーがそうするように、都会的で新しい表現を目標としていました。そうした表現は、オートクチュール(高級注文服)に代表されるように、アート的・創造的であり、今までにないイメージを提示することを求められます。ところが、様々な試行錯誤を重ねて作り上げた洋服は、実際市場に出るとわずか3ヶ月でセールに出されてしまう。そうやってデザインが摩滅してゆく・・・。アーティスティックな発想に基づく斬新で新鮮なイメージが徹底的に商品として消費されるという現実に田代さんは直面しました。それはたんに「今」を消費し何も残さないかに見えたサラリーマン生活と同じだったのです。

モードというのは、いまだ使用に耐えうる用品を陳腐化してさらに新しい商品に乗り換えてゆくたえまない運動のことを意味します。この運動によって資本主義は恐慌から免れるのですが、他方でたえず情報に追われる人間を作り出し、環境問題の要因にもなります。じつはそうした資本主義のモード現象と、「我こそは未だかつてない何か」だと自称する前衛的なアート意識とは、密接な関係にあったのです。はじめにTASHIROさんが目指したオートクチュールに代表されるアート的なデザインは、「作品」として残るものであるかに見えながらも、じつはその新しさゆえに消耗される運命にあったといえるでしょう。

ファッションの市場においては、「秋の新作が入荷しました!」などと言われるように、なにより「新しいこと」が求められます。そして古い要素を切り捨ててつねにフレッシュであることが、「都会的洗練」であると主張されます。そうした考え方では、洋服はすこしでも時間が経つと、まるで生鮮食品のようにその価値は失われてしまいます。またせっかく購入した洋服も、何度も着て人々の記憶に残るうちに、まだ十分使用に耐えうるにもかかわらず、その価値は低下していきます。そうした現実に直面するにつれて、はじめはただ洗練されて可愛く美しい服を目指していたTASHIROさんのスタイルは少しずつ変化していきました。

■熟成のデザイン/持続のデザイン/エコロジカル・デザイン
今になって思うと、そこには、意識していたわけではないものの、やはり古いものへの愛着が根本にあったように思う、とTASHIROさんはいいます。TASHIROさんがとりわけ魅力を感じるのは、時間の中で熟成される「ものの記憶・表情」で、それは例えば「日に焼けたカーテン」の色使いや、その雰囲気といったものだそうです。

洋服をデザインする上でイメージするのも、いわゆる都会の「洗練された女性」ではなく、むしろ「普段着で暮らす田舎の女性」。そんな女性が着ている「普段着」のイメージとは、家に残された「古い端切れ」をお母さんが縫い合わせて作り上げた服のイメージです。アート・オープン・カフェの会場には今年9月の東京コレクションに出品したドレスが展示されていましたが、あのドレスはまさに「端切れ」を縫い合わせて作られているとのことでした。また、ショーに出品されている「作品」のどれも、普通に洗濯して着ることができるそうです。

通常なら捨てられてしまう「端切れ」から洋服をつぎあわせる。そんなTASHIROさんのスタイルは、洗練の対極にあるものに思われます。ですが、次々と消費される「新しいもの」のイメージを創出し、それまでの表現を単に「古いもの」として否定するのがいわゆる「デザイナー」の仕事であるとするならば、自分はむしろ「職人」でありたい、とTASHIROさんはいいます。こうした職人としてのデザインのあり方は、職人の反復手仕事を否定して新しい造形を追求したモダンデザインの考え方に、ある意味で修正を迫るものだといえましょう。

素材や方法の選択を積み重ねてきた結果、TASHIROさんが行き着いたのは、麻や綿といった天然素材を用いた「日常で着る服」でした。現在のファッション業界では、店に陳列されているときに魅力のピークが来るように服が作られています。そうした服は、購入された後も、着古すにつれて陳腐化する運命にあるといえるでしょう。これに対してTASHIROさんの服は、店頭でそのピークを発揮するようには作られていないのです。「着ること」の繰り返しのなかで、皺をつけたり、洗い古されたりすることによって、その価値が高まってゆくようにはじめから設計されているのです。服とそれを着る人が紡いでゆく時間の持続のなかで、服と人の関係も変遷してゆく。服も、人も、少しずつ変わっていく。そうした持続する時間のイメージが、そこでは追求されているといえるでしょう。これを熟成のデザインと呼ぶことができるかもしれません。

■福岡から東京コレクションへ
トークの後半は東京コレクションと福岡の話となりました。東京コレクションとは、世界の5大コレクション(パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨーク、東京)のうちの一つです。そうした世界的な大舞台に、TASHIROさんは、まったく素人の状態からデザインの世界に入って、わずか5年足らずで立つことになりました。そこには、どのような秘密があったのでしょうか。

TASHIROさんは、東京コレクションのような大舞台に立つことをはじめから目標にしていたわけではありませんでした。それはむしろ「服の見せ方」を巡る試行錯誤の結果だったといいます。

以前からTASHIROさんは、自分の衣服をまるで美術品のように、「モノとして独立して」見せる展示のあり方に疑問を抱いていました。例えば、服をハンガーにかけて、その写真を撮るような見せ方がそれです。TASHIROさんにとって、服とは、人が着てはじめて成立するものであり、洋服のラインとは、静止したときの輪郭ではなく、人がそれを着て動くときにはじめて成立するものでした。それをTASHIROさんは、洋服の「シルエット」と呼びます。そのようなシルエットが描き出されるよう、活き活きしたライヴ感をもって洋服を展示するために、TASHIROさんはまず、スタジオではなく、様々なシチュエーションの中で洋服を撮影するというところからはじめたといいます。自然をバックに写真を撮ったり、モデルさんに動いてもらって、それを撮影したり・・・そのような展示の仕方を追求してゆく過程で、必然的にTASHIROさんはファッションショーの形式に行き着くことになりました。

ファッションショーは、もはやデザイナー1人では成立しません。ショーを構成していく上で、メイクさんやモデルさんはもちろん、照明や音楽を担当する人たちとのコラボレーションが生まれてゆきました。「もっとここはこうするといいよ」「こうやってみせるとカッコいい。」工夫の積み重ねとは楽しいものです。TASHIROさんのもとには、多くの異なった才能が自分の予算と責任で主体的に参加してくるようになったといいます。このようにTASHIROさんは、はじめからスタッフと金銭的な契約関係でショーを構成してきたわけではありませんでした。そこには福岡で共に活動する才能たちに特有の連帯感があったようです。ここで新たに、ライヴ感溢れるコンテクストを構成し、様々な才能の集う「チーム」をまとめあげることがTASHIROさんの仕事になりました。

TASHIROさんの試みは、小さなバーを借り切ったショーを開催することからはじまり、ショーを支えるチームが充実してくるにつれて、次第にその規模を拡大していきました。そうした充実した関係性の中で、大舞台である東京コレクションに参加してみようか、という話が持ち上がったといいます。それはいわば一つの部活動のようなものだったのだろうと想像します。甲子園を目指す地方野球部、という感じでしょうか。東京コレクションに参加することをはじめから目的とし、そのためにチームを契約関係で組織するのではなく、洋服の見せ方を追求してきた自然な結果として、東京コレクションへ参加できるだけの力を地元で培ってきたところに、TASHIROさんの特色があるといえそうです。

■東京コレクションの意味
東京コレクションへのTASHIROさんの参加は、2006年9月に実施された「2007S/S(春/夏)コレクション」が最初でした。ちなみに東京コレクションには、東京地方以外からはTASHIROさんだけが参加しているというのが現状だそうです。東京コレクションは公募審査制であり、そこにはじめて応募する際、TASHIROさんはこれまで福岡での活動実績を資料として送付し、審査をパスしたそうです。

2回目の参加となった今年3月の「2007A/W(秋/冬)コレクション」では、博多の伝統的な織物である博多織の工房と素材開発をした作品を発表しました。トーク中に流した映像では、蝶の模様の部分に博多織の縞が折り込まれているそうです。TASHIROさんは、伝統ある古くからの素材にハサミを入れることに最初躊躇したといいます。博多織とコラボレーションした他のデザイナーの作品のなかには、博多織の意匠をそのまま洋服にパッチワークするデザインや、博多織の帯裏を用いた斬新なものもありました。そのなかで、TASHIROさんのデザインは、織物の生地の素晴らしさを活かすよう博多織を徹底して素材として扱い、自らの洋装表現へと見事に組み入れている点で注目されます。

つい先日(今年9月)、「2008S/Sコレクション」(東京ミッドタウン開催)において、TASHIROさんはファッション界のグローバルスタンダードに本格的に直面することになりました。参加三回目ではじめて、プレスからの本格的な批評にさらされることになったのです。田代さんはこれまで、福岡の仲間との強い団結を大切にし、仲間とのいわば共同作品としてのショーを展開し、それが田代さんの強みになっていたのですが、そうしたやり方の限界を感じさせられる経験にもなったとTASHIROさんはいいます。東京コレクションでは、パリコレを評価するのとまったく同じ視点から、ショーを構成する全ての要素がデザイナー「JUNYA TASHIRO」のひとつの作品として評価されてしまう。それゆえ田代さんはすべての要素を完全にコントロールすることを要求される。音楽、モデル、ヘアデザイン、照明、すべてがグローバルスタンダードの水準から厳しく評価されました。そこには、異なる才能とのコラボレーションという関係ではもはや対応できない状況が生じていたのです。

■仲間と他者の存在する環境—福岡と東京
もっとも、それでもTASHIROさんはこれまでの「チーム」としてのあり方を完全にやめて、金銭的契約に基づくプロとしてのディレクションへ方針転換することは考えていないといいます。まず自分達でできるところまで精一杯やってみて、その困難や限界に直面してはじめて、人に物事を頼むことも可能になる。そうした経験なくして他者に仕事を発注することはできない、とTASHIROさんは考えるのです。

福岡には、第三者からの厳しい評価の場が東京ほどには存在しないといいます。福岡ではいわば皆が仲間であり、温かい視線を向けてくれるのです。TASHIROさんのデザインした洋服もまた、TASHIROさんを支持してくれる人間的な付き合いの中で、商品として取り扱われることになります。そんなホームに基盤を置きつつも、それでもやはり東京がプロモーションの場として重要だとTASHIROさんはいいます。福岡では人間的な付き合いが大きな役割を果たすがゆえに、かえってそれを越えた広がりが難しいという側面があるのです。その限界を越えるには、東京で公的な評価を受ける必要があるのでしょう。そのために、TASHIROさんは、福岡というホームで力を蓄えつつ、東京コレクションというシビアな場所に挑戦しているのです。

こうした田代さんの経験は、福岡という都市を考える上で示唆に富んでいます。仲間があり、熱い思いがあり、連帯感と人情がある。そうした長所のゆえにこそ、そうした「仲間うち」ではない、つまり情け容赦ない冷淡な立場からの第三者評価が困難になっているという現状です。そもそも都市とは、地付きの仲間でない他人たちが共存する場であると言えるでしょう。そこで生き抜いていくためには、人付き合いを超えた、作品の卓越性のみに対する批評の場が必要となると言えるでしょう。そうした第三者の立場がほとんど存在しないのが福岡であるとすれば、福岡は都市というよりも巨大な田舎と言った方がいいのかもしれません。福岡の「田舎」としての利点、東京の「都市」としての利点、田代さんは、その双方をうまく活用しつつ、力を発揮しているように思われてなりません。

■今後の展開
来年3月に開催される「2008A/Wコレクション」の構想をすでに練られているTASHIROさん。次回はこれまでのJUNYA TASHIROのイメージを裏切るような、新たな展開を見せたいとのこと。メンズも扱う予定だそうです。ファッション雑誌等を見かけることがあれば、是非チェックしてみてください。

☆今回後半では、同時開催されたJUNYA TASHIRO作品展示交流会「LA LUCE」に福岡から参加されたNUMさん(アクセサリー)、古海さん(コサージュ)にも加わっていただき、特に福岡と東京の関係を巡る受講者の方からの質問に答えていただきました。その模様は、後日アップする予定です。いましばらくお待ち下さい。

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○みなさまからのご質問・ご意見
時間中にご紹介できなかった質問やアンケートに寄せられたご意見のうち、いくつかをご紹介したいと思います。

JUNYA TASHIROさんへのご質問・ご感想
■ご質問
[デザインに関するもの]
・実際にTASHIROさんが観て影響を受けたりしたもの、好きなブランドを聞きたいです。
・メンズはやらないんですか?インナーウェア等には男女両用(ユニセックス的)の雰囲気をもってやれるように思います。
・デザインソースとして何を利用しているのですか?
・5年、10年後も着て欲しいというお話が興味深かったのですが、されどファッション、定番モノではない耐久のデザインとは?
・女性のものを作るときに、どういった視点で取り組んでいるのでしょうか?

[東京コレクション・ファッションショーについて]
・東京コレクション等のショーの形式以外で、ご自身の作品を発表されるおつもりはありませんか?
・ファッションショーだけの服にしたくない、とお考えですか?
・「福岡的」あるいは「日本的」などのローカルな伝統や特殊性を前面に出そうとは考えていませんか?
・コレクションはテーマを決めてされるのですか?
・ファッションと流行は切っても切れないものだと思うのですが、コレクションに発表する上で流行を意識することはありますか?
・ショーに用いられている音楽も印象的ですが、何かこだわりはありますか?
・音楽も印象的ですが、何かこだわりはありますか?
・今後のビジョン、夢についてお聞かせください。

[「2007A/Wコレクション」に出品された博多織との共同プロジェクトについて]
・博多織での作品を作られたとのことですが、今後はどのような素材の作品を考えていますか?
・他の日本の地域の織物や染色のものを使う可能性は?
・伝統工芸(博多織)とファッションをコラボさせた時の評価を具体的に聞きたいです。

[福岡に関するもの]
・福岡にこだわる理由は何ですか?
・福岡と東京の違い、・福岡にあって東京にないもの、東京にあって福岡にないものはなんだと思いますか?
・想定していた東京と現実の東京のギャップは?
・ずっと福岡で活動を続けますか?
・福岡から東京を考えてらっしゃるのだと思いますが、逆に東京から福岡を見る、という視点を想定した場合、福岡には何があると思われますか?

[その他]
・社会人の経験、アパレルメーカーでどのような仕事をされていたのか、もう少し詳しく知りたいです。
・販路(小売店)やエンドユーザーの意識と質を、どう思われますか?
・今自分は服飾の学校に通っているのですが、学生生活において大切なことはなんだと思いますか?
・独立を選択したときに、自分を支えたものは何ですか?

■ご感想
・10年、20年の生活を経験して完成する服、というTASHIROさんのコンセプトとファッション・ショーという展示方法の間にズレがあるように思います。
・会場で前に飾ってある服が、とてもかわいいですね。普通に町で着られる感じがいいです。
・デザインやファッションにはあまり詳しくありませんが、ヨーロッパなどのファッションショーを見たりしていると、「こんな服どこで着るのだろう?」と疑問に感じることがあります。でもTASHIROさんのデザインを見ていると、町でも普通に着られるといった印象を持ちました。
・「博多織」を素材として利用したとのことでしたが、どのように具体的に利用したのか、よくわかりませんでした。
・TASHIROさんの主張は明確で、理解しやすかったです。
・TASHIROさんのような服飾デザイナーがいる、というのは自分にとって大きな発見でした。
・デザイナーの生の声を聞け、現場のリアルを感じることができました。
・デザイナーの職人としての思いと発信者としての思い、両方を聞くことができました。

○企画側へのご意見・ご感想

・連続して聴講すると、都市論としても成立するのではないでしょうか?
・映像を見せるためだとは思うが、トーク中、出演者のところに照明が欲しい。目が疲れ、眠気を誘われた。
・質問が難しく、わかりにくかった。進行もイマイチに感じた。
・講習料は当日払いにしてもらえると、もっと参加しやすくなると感じた。

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○JUNYA TASHIRO作品展示交流会「LA LUCE」 
 交流パーティ 9/27(木)19:00〜21:00
 作品展示 9/27(木)12:00〜20:00、9/28(金)11:00〜20:00、9/29(土)11:00〜19:00
 東京ミッドタウン デザインハブ 芸術工学部東京サイトG-PARN

9/28(金)に東京ミッドタウン デザインハブ リエゾンセンターにて開催されたアート・オープン・カフェの関連企画として、芸術工学部東京サイトG-PARN(リエゾンセンター隣)で、「JUNYA TASHIRO作品展示交流会 LA LUCE」が開催されました。

この企画では、TASHIROさんの作品をはじめ、東京コレクションに出品する際にコラボレートしたNUMさん(アクセサリー)、古海さん(コサージュ)の作品が福岡から持ち寄られた他、東京で活躍されている美子さん(かご帽子)の作品も展示されました。会場ではTASHIROさんデザインの洋服を試着することもできて、とくに女性の方には喜んでいただけたようです。

3日間の展示交流会には、アート・オープン・カフェの受講者の方々のほか、デザイン雑誌の記者の方、東京のファッション専門学校の学生さん、TASHIROさんや他の作家さんのファンの方などなど、様々な方々がいらっしゃいました。3日間で200名近く、とりわけ29日(土)には100名近くの方に御来場いただく大盛況の展示交流会となりました。

またアート・オープン・カフェ前日に行われた交流パーティ(27日)には、受講者の方以外にも、東京コレクションのTASHIROさんのショーに出場したモデルの方々にも御来場いただきました。会場となった芸術工学東京サイトは、六本木の夜景と相俟って、終始華やいだ雰囲気となっていたのが印象的でした。

■来場された方からのご感想
・上質の素材を用いた品のある作品ばかりと感じました。
・ナチュラルで女性らしい世界観に好感がもてます。
・小物等のバランスもよかったです。
・可愛いのに価格がお手頃で素敵です。
・理屈抜きで、着てみたい!と思ってしまいました。
・このレディースのイメージをメンズでどのように展開するのか、興味があります。

■「福岡在住の表現者は、東京を意識すべきか?」という問いかけに対しては・・・
・意識すべき(40%)−理由:「やはり東京がファッションの中心だから・・・」etc
・意識すべきでない (30%)−理由:「自分らしさが一番!」「東京の色に染まらないほうが・・」etc
・どちらともいえない (40%)

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