
博多織ということで伝統的な着物のショーだとばかり思っていましたが、和服はただの一つもなく、まるでクレーの抽象絵画のような洋服たちにしばし圧倒された30分でした。最初に登場した酒井洋子さんの『風まとう』シリーズはどれも息をのむほどに美しく、とりわけ6番目の「着物風ドレス」では白地に映えるローズピンクのグラデーションに引き込まれそうでした。
伝統的な織物を現代的にアレンジするという手法は、たとえば革製のバックに着物の帯の柄をあしらうなど、えてして和洋折衷的なものとなり、洗練には今ひとつとなりがちです。しかしながら今回のショーでは、ほとんどの作品がそうした危険から免れてたように思うのです。(画像:NOZOMI ISHIGUROデザインの靴)
成功の要因は、和物という性格を博多織から完全に剥奪し、それをたんなる生地素材にまで還元する思い切りの良さにあったと思います。そしてその断片生地を、現代の先端的なデザイナーがたんなる新素材として、まったくあたらしい文脈のなかで組み直す。そのとき700年の伝統を誇る博多織の歴史とその重々しい意味が切断され、その破片が、まったく違った文脈のなかへと転換され、再生されているのです。
その転換を可能にしたのは、博多織につきまとう「意味」ではなく、その意味をはぎ取ったときにはじめて露出する「質」、つまり「物質」でした。博多織は着物の帯として発展した技術を基盤としており、それゆえ強度の強い縦糸(帯の長い方向)を用いるデザインで知られています(ここをクリック)。機織り機を思い浮かべてみましょう。帯の縦糸は、その色や性質を自由に操作できる横糸と違って、一本の帯を織り上げるまで変えることができません。それゆえ博多織に特徴的な縦糸によるデザインは、横糸によるデザインに比べて、表現の幅が大きく制約されます。いろんな色を使ってそれを自由に変化させるといったことができないのです。
そしてこの博多織に特有の制約が、その表現を質素かつシックなものにとどめているのです。その「物質」こそ逆に、最先端の洋装表現との親和性を実現している。帯としての生地の硬さを逆に存分に活かした天本誠司さんの『ヴィンテージ・ミリタリー』、色数の少なさ、その淡さを利用し、京風の和菓子を彷彿とさせるワンピースを展開したJUNYA TASHIROさんの『蝶よ花よ』など、伝統をうまく転換し、モダニズムと絶妙に融和させた作品が目を引きました。
とりわけ最後のNOZOMI ISHIGUROさんの作品、「ハンティング帽子」や「横巻きトップス」では、帯を裏返してそこに織り込まれた膨大な糸を露出させ、その繊維でもって靴(上画像)を構成するなど、転換の鮮やかさが際立ちます。後者の作品では、一見すると藁にも見える帽子と横巻きの裏地を組み合わせ、帯を反転してエコロジカルな表現にしてしまう手際の良さに圧倒されます。
伝統はその切断を通じて初めて再生される。それこそが伝統の真の継承なのだと思い知らされた素敵なひとときでした。(wabisabiobi)


