
元日、僕は、太宰府天満宮へと初詣に向かう大勢の人々の波に揉まれながら、九州国立博物館に行ってきました。僕自身、おととし10月の開館以来、一体何回ぐらい九博に足を運んだのか分かりませんが、晴れ着を着た人々が散見される元日の九博は、普段とはどこか違った雰囲気に包まれていたように思います。特に3階特別展室と4階文化交流展示室の一部で開催されている『若冲と江戸絵画』展(以下『若冲』展、九州国立博物館)は、正月に相応しく、華やかな雰囲気を作り出していました。(右画像:紫陽花双鶏図/伊藤若冲[部分]大きい画像はこちらから/画像は九州国立博物館のHPから)
この『若冲』展とは、ジョー・プライスさんというアメリカ人コレクターが所蔵する日本美術の絵画・工芸作品の中から109点もの作品を選び、五つのテーマに従い構成した展覧会です。展覧会図録の説明によれば、プライスさんは、大学を卒業した間もない時期より若冲の作品を蒐集していたそうで、今回の展覧会には、その若冲の作品を中心として、曽我蕭白、長沢芦雪、円山応挙といった著名な江戸時代の絵師たちの作品が出品されています。
展覧会の目玉としては、やはり、ポスターやチラシに使われている《紫陽花双鶏図》と《鳥獣花木図屏風》の、若冲の大作二つが挙げられるでしょう。前者の《紫陽花双鶏図》(ここをクリック)は、高さ2メートル弱もある大きな掛け軸に、紫陽花の花に取り囲まれた二羽の鶏が描かれた作品で、逆立つ鶏の羽毛や紫陽花の花びらの質感などが、丹念に描き込まれています。一方で後者の《鳥獣花木図屏風》(ここをクリック)は、六曲一双の屏風で、升目書きという不思議な技法によって、沢山の動物達が書かれています。この《鳥獣花木図屏風》は、森美術館の開館記念特別展『ハピネス』展にも出品されていたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
勿論、これら二つの作品以外にも、興味深い作品は数多く出品されています。僕の感動した作品全てを挙げるときりがありませんが、例えば葛蛇玉という絵師のロマンチックな屏風《雪中松に兎・梅に鴉図屏風》(ここをクリック)や、村上隆の「スーパー・フラット」を思わせる鈴木守一の《扇面図屏風》、あるいは、柴田是真の描いたユーモラスな《お多福鬼図》といったように、『若冲』展では、江戸時代の美術の豊かな多様性が余す所なく伝えられていると言っても過言ではないでしょう。
もっとも、この展覧会の見所は、ここまで書いてきたような出品作品の魅力にだけあるのではありません。というのも、『若冲』展の出品作品の所蔵者であるプライスさんは、作品をどのような環境で見るのかということに強い関心を持っていて、プライスさんのそうした関心を反映した「光の演出」というコーナーが展覧会会場に設営されているからです(下画像)。そこでは、円山応挙の《懸崖飛泉図屏風》(ここをクリック)が露出展示され、刻々と照度の変る光が当てられています。僕には、《懸崖飛泉図屏風》が、照度が高くなると晴れ渡った風景を、そして照度が低くなると霧深い風景を描いているかのように、変化して見えました。
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思えば、ふだん僕たちが美術作品を見るとき、作品を取り巻く環境について意識することは殆どありません。美術作品とは、それを取り巻く環境とは関係なく、自律的に成立している。無意識的にこうした考え方に則って、美術作品を鑑賞しているように思います。しかし、美術館や博物館のなかった江戸時代の人々の見た作品は、そのようなものではありませんでした。美術作品は季節によって掛けかえられ、そしてそれぞれの作品は、決して一様ではない光のもとで鑑賞されていました。そのような意味で、「光の演出」は、江戸時代の人々と同じように美術作品を見る試みであり、そして、美術作品が本来多様な「顔」を持っていることを明かにする試みだと言えるでしょう。
「光の演出」を見てこのようなことを考えながら、今回の展覧会の主役である若冲の作品を見てみると、僕には、彼の作品が新春の空気の中、華やかな「顔」を見せているように映りました。正月の若冲。それは、あくまで、若冲の作品が持つ多様な「顔」の中のひとつに過ぎませんが、新春の門出を祝うに相応しいものだと思います。(umegae)


